2013年7月19日(金)〜9月23日(月・祝) 東京ドームシティ アトラクションズにて開催!

開催概要 物語 ホラープロジェクト 呪い歯関係サイト



………… 密十号の物語

絵美子は、笑顔のとても魅力的な女性でした。その魅力を引き立たせていたのは、歯並びの良い真っ白な歯でした。美しい歯がこぼれる笑顔に惹かれた男は数多くいましたが、彼女の心を射止めたのは、園田という職人でした。
やがて、二人は結婚することになり、絵美子は園田の家に嫁いでいきました。義母は優しい人で、二人の結婚生活はとても幸せなものでした。

しばらくして、二人の間に子供が生まれます。その男の子は貴一と名づけられました。貴一は体が弱く、しかも奇妙なことに生後一年が経っても歯が一本も生えてこないのでした。
心配な義母は、夜も眠れません。眠れない布団の中で頭を巡るのは、嫁の絵美子の美しい歯でした。
自分もお産の後は体力が奪われ、歯が抜けたものだ。それなのに、あの嫁はしっかりとしたきれいな歯をしている。なぜ、あの女は美しい歯をして、孫の貴一には一本も歯が生えてこないのか? 義母にはそのことが、不条理なことのように思えて仕方ありません。
次第に、義母は絵美子の歯をなじるようになりました。
「お前がそんなに丈夫な歯をしているから、貴一に歯が生えないんだ」
絵美子にとってその言葉は、まるで自分が貴一に十分な愛情を注いでいないかのように響きました。そんな後ろめたさを抱え込むと、次第に、義母の言うことが正しいような気持ちになってくるのでした。

ある日のこと、園田が一体の人形を抱えて帰ってきました。その人形には、人間の歯が埋め込まれていました。それだけではなく、人形の体内にも何本もの乳歯が入っていました。その人形は、体内に抜けた乳歯を入れると丈夫な歯が生えてくる、という願掛けの人形だったのです。
気になったのは、人形の中に入っていた歯の中に、一本だけ黒い歯が紛れていたことです。絵美子には、その歯がなぜか禍々しいもののように感じられました。
人形を手に入れたものの、そもそも貴一には乳歯が生えていません。願掛けを行おうにも、そこに入れるべき歯がないのです。

やがて、絵美子は一つのことを思いつきます。
「私の歯を人形に入れればいいんだ」
そう考えた絵美子は、園田の使っていた工具を持ち出すと、自分の下顎の前歯に当てました。けれど、もともと丈夫な歯です、そう簡単に抜けるものではありません。ペンチで挟んで力を込めて前後に揺らしても、激しい痛みを感じるばかりで抜ける気配もありません。絵美子は、歯を挟んだペンチの持ち手を針金で固めて、それを引き出しの隙間に入れると、体重を掛けました。力を加えるたびに、歯はミシミシと音を立て、気を失いそうなほどの痛みが走ります。これほど、自分の丈夫な歯のことを怨めしく思ったことはありません。
けれど、絵美子はやめるわけにはいきませんでした。きっと私が母親として未熟だから、歯が生えてこないんだ。そう考えると、このくらいの痛みは大したことには思えません。
やがて、歯の根元が緩み始め、前後に少し動くようになり、歯茎から血が流れ始めました。ようやく歯が抜けたのは、そんな苦痛を二時間以上繰り返した後のことでした。絵美子は大量の血を流し、疲労困憊して立ち上がれないほどでしたが、なぜか幸福感を感じていました。それは、自分が貴一のためにやっと母親らしいことをした、という幸福感でした。
彼女は、人形の中に自分の歯を入れると、貴一に歯が生えてくることに期待しました。
けれど、一週間が経っても生えてくる気配がありません。
まだ自分の愛情が足りないのだ。
そう考えた絵美子は、もう一本歯を抜くことにしました。
けれど、貴一に歯は生えてきません。さらにもう一本、さらにもう一本と、絵美子は血を流しながらこの苦行を重ねていきます。とうとう、彼女の自慢の歯は、奥歯数本を残すのみとなってしまいました。

ある朝目が覚めると、貴一の布団の中で人形の首が外れ、中に入っていた歯が散乱していました。貴一は、散らばった歯を口に入れて遊んでいました。驚いた絵美子は、慌てて吐き出させましたが、もしかしたら飲んでしまったものがあるかもしれない、という不安が残りました。
人形の中に入っていた、あの一本の黒い歯が見当たらなかったからです。

しばらくすると不思議なことが起こりました。
貴一の歯茎に一本の歯が生えてきたのです。
やっと絵美子の苦痛が報われた。園田も義母も大喜びでした。
ところが、その歯が伸びてくると、三人の中に不安な気持ちが生まれてきました。
その歯は、かったのです。
それは、絵美子が抜いた歯が生えてきたのではなく、まるで人形の中に入っていた、誰のものともわからない黒い歯が生えてきたかのようです。
異変はそれだけではありません。家の中に、三人以外の何者かの気配を感じるようになったのです。それは、床の間にじっと立っていたり、鏡の中に浮かび上がったり、貴一の枕元に佇んでいたりします。その目には強い怨みの光が宿っていました。何よりも恐ろしかったのは、顔がお白粉のように白く、歯がお歯黒のように黒かったことです。
誰もがこう考えました。
貴一に生えてきた黒い歯は、この亡霊の歯なのかもしれない……。
歯が生えてきてしばらくすると、貴一は高熱を出し、衰弱して、やがて原因がわからないまま死んでしまいました。死ぬ直前の貴一の様子は壮絶なものでした。
抱いていた絵美子の肩を、赤ん坊とは思えない力で噛んで息絶えたのです。

その力はあまりにも強く、死んだ後も離すのに苦労したほどでした。

けれど、奇妙な現象はここで終わったわけではありません。
今度は、貴一に噛みつかれた絵美子に、あの黒い歯が生えてきたのです。奥歯以外のすべての歯を失った口の中に、一本だけ黒い歯が生えている絵美子の表情には、もう以前の輝くような笑顔は残っておらず、まるで別人のようでした。その姿は、家に棲みついたあの怨霊と見紛うようでした。
彼女の性格もまったく別人のように変わっていきました。粗暴な振る舞いと凶暴な気質には、もうかつての絵美子の優しさは微塵も感じられませんでした。かと思うと、突然泣いて許しを請い始めたりします。園田も義母も、その恐ろしさに震えるばかりで、手の施しようがありませんでした。

ある満月の晩のこと、彼女はとうとう凶行に及びます。寝ている義母と園田に襲いかかり、二人を殺してしまったのです。その有様は目を覆うようなものでした。
二人の大きく開けられた口の中に、包丁が突き立てられていたからです。
彼女は、駆けつけた近所の人の前で泣き喚き、嘆願しました。
「歯を抜いて……! 私の歯を抜いて……! お願い……!」
そして、自分で自分の口の中に包丁を突き立てると、そのまま命を絶ってしまいました。


一体、絵美子に何が起こったのでしょうか?
大きく開けられた彼女の検死体の口の中には、一本のあの黒い歯が残っています。
どこからか、彼女の声が聞こえてきます。

「歯を抜いて……! 私の歯を抜いて……! お願い……!」

どうか彼女を成仏させてあげるために、

        その
黒い歯を抜いてきてください

ただ、彼女はお歯黒の怨霊に取り憑かれているかもしれません。
いつ彼女が、獣のように襲いかかってくるかわかりませんから、
十分に気をつけてください。


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